T-Pot連携マルウェア自動分析システムの構築
概要
T-Potハニーポットプラットフォームは、多様な攻撃ベクトルから脅威情報を収集するための強力なツールです。しかし、収集されたマルウェアのサンプルを迅速に評価し、実用的な脅威インテリジェンスに変換するには、手動での作業が多く発生するという課題がありました。本稿では、このプロセスを自動化するために開発したPythonベースのツールについて、その技術的詳細と効果を解説します。このシステムは、T-PotのElasticsearchに蓄積されたマルウェアのハッシュ値を取得し、VirusTotal APIを利用して分析、その結果を自動的にWordPressサイトに投稿することで、脅威情報の可視化と共有を効率化します。
技術的詳細
システム構成
本システムは、T-Potサーバーから独立したリモート環境で動作することを前提に設計されています。これにより、分析ツールの運用がハニーポットのパフォーマンスに影響を与えることなく、また、よりセキュアな環境で分析処理を実行できます。主要なコンポーネント間の連携は以下の通りです。
sequenceDiagram participant Cron as Cron Job participant Tool as Malware Analyzer (Python) participant ES as Elasticsearch (T-Pot) participant VT as VirusTotal API participant WP as WordPress REST API Cron->>Tool: 定期実行(例: 15分ごと) Tool->>ES: HTTPS経由で新規マルウェアハッシュを問い合わせ ES-->>Tool: 前回実行以降のハッシュリストを返却 loop 各ハッシュごと Tool->>VT: ハッシュの分析をリクエスト VT-->>Tool: 分析レポートを返却 Tool->>WP: 整形したレポートを投稿 WP-->>Tool: 投稿成功を応答 end
認証メカニズム:なぜBasic認証なのか
T-Pot環境のElasticsearchへプログラムからアクセスする際、認証方式の選定は重要なポイントです。T-Potの認証は、以下の2層構造になっています。
- Nginxリバースプロキシ層: ユーザーがWeb UI (Kibana, Elasticvue) にアクセスする際に通過する第一の認証。これはWebアクセス全体を保護します。
- Elasticsearchネイティブ認証層: Elasticsearch自体が持つ認証機能。プログラムからの直接アクセスでは、この層の認証を通過する必要があります。
ElasticsearchはAPIキーによる認証もサポートしていますが、T-Potの標準構成ではAPIキー管理用のエンドポイントが外部公開されておらず、有効化するにはT-Potの内部設定に高度な変更を加える必要があります。これはアップデート時の互換性を損なうリスクを伴います。そのため、本ツールではT-Potの標準構成と親和性が高い**ユーザー名とパスワードによるBasic認証**を採用しています。セキュリティを向上させるため、スクリプト専用の読み取り専用ユーザーを作成し、そのクレデンシャルを使用することを強く推奨します。
差分データ取得フロー
本ツールは、毎回すべてのデータを取得するのではなく、前回実行以降に記録された新しいマルウェアのみを効率的に取得します。これは、最後にスクリプトを実行した時刻を記録しておくことで実現しています。Elasticsearchへのクエリは以下のようになります。
{ \"query\": { \"bool\": { \"filter\": [ { \"range\": { \"@timestamp\": { \"gt\": \"2024-07-28T10:00:00.000Z\" } } }, // last_run_time { \"term\": { \"event.module\": \"cowrie\" } }, { \"exists\": { \"field\": \"file.hash.sha256\" } } ] } }}
このクエリにより、ネットワーク負荷と処理時間を最小限に抑えつつ、新しい脅威を確実に取り込むことができます。
VirusTotal分析による価値の創出
Cowrieハニーポットが収集したファイルのSHA256ハッシュ値は、それだけでは単なる文字列に過ぎません。しかし、VirusTotal APIを通じてこのハッシュ値を照会することで、その価値は飛躍的に高まります。VirusTotalは、70以上のアンチウイルススキャンエンジンの結果と、サンドボックス環境での動的解析結果を集約した、世界最大級の脅威インテリジェンスプラットフォームです。
得られる効果と情報
- 脅威の即時特定: ハッシュ値を照会するだけで、それが既知のマルウェアであるか、潜在的に不要なアプリケーション(PUA)であるか、あるいは無害なファイルであるかを即座に判断できます。
- 脅威プロファイリング: 各アンチウイルスベンダーがどのような名前(例: `Trojan.MSIL.Agent.XXXX`, `Linux/Mirai`)でその脅威を検出しているかを知ることができます。これにより、マルウェアのファミリーや目的を推測する手がかりが得られます。
- 検出率によるリスク評価: 「72社のうち58社がマルウェアと判定」といった具体的な検出率を取得できます。この数値は、その脅威の危険度を客観的に評価するための重要な指標となります。
- インシデント対応の迅速化: WordPressに投稿されたレポートを確認するだけで、セキュリティ担当者はハニーポットで何が起きているかを迅速に把握し、ファイアウォールルールの更新や、社内システムへの影響調査といった次のアクションに素早く移行できます。
このように、VirusTotalとの連携は、単なるデータ収集から、実用的な脅威インテリジェンスの生成へとプロセスを進化させる上で不可欠な要素です。
結論
今回構築したマルウェア自動分析システムは、T-Potで収集したデータをElasticsearch経由で取得し、VirusTotalで付加価値を与え、WordPressを通じて可視化・共有する一連のワークフローを自動化しました。これにより、セキュリティ運用者は脅威情報をリアルタイムに近い形で把握できるようになり、インシデントへの対応能力が大幅に向上します。今後は、分析結果に基づいて特定のIPアドレスを自動的にブロックする機能や、他の脅威インテリジェンスプラットフォームとの連携なども視野に入れ、さらなる機能拡張を目指していきます。
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